(第三回)私は、現役の市役所職員だ。 2018.12.6

926日、アパートの一室で母子4人が遺体で見つかった。

子ども3人は窒息死。母親が無理心中を図ったのではないかと記事には書いてあった。一番上の子どもは、私の息子と同じ10歳。隣の小学校区の子どもだった。子どもたちは最期どれほどの恐怖と、そして母親は毎日どれほど苦しんでいたのだろうか。この子どもたちやこの母親にとって、「家」はどういう場所だったのだろうか。

直接の面識はないけれど、しかし、確かに私たちはこの母子の周囲に住んでいた。私たちは、ただ気付かなかったというだけで、この母子のことを徐々に忘れ、何か特殊な事例であったかのように蓋をして良いのだろうか。この母親に、この子どもたちに、私たちができることは無かったのだろうか。

 

今年1月、私は今の組織(全国空き家バンク推進機構:ZAB)に出向することになり、一旦住み慣れたまちを離れ東京へ越した。これまで10数年、市役所の窓口で色んな家庭と出逢ってきた。その度に、何度も同じ問いを問うてきた。

 

私は、現役の市役所職員だ。

先月末、鹿児島出張から戻るや否や、すぐ近くでこのような事件が起きていたことを聞かされ、深い悲しみと強い衝撃を受けた。私たちは、再度原点に戻る必要があると思った。私たち公務員の使命は、困っている人の力になること。

そのために、法律や制度という“武器”を与えられている。

住民との距離が最も近く、そこに暮らす人々の喜怒哀楽を目の当たりにする市町村職員の仕事というのは、住民の命と向き合い、その困りごとを解決するために法や制度を運用することにある。これが市町村行政の醍醐味。国や県ではなく、我々「第一線公務員」に与えられた非常にやりがいのある仕事である。

 

*「第一線公務員」とは、前号でもご紹介した京都大学名誉教授の真渕勝先生 がその著書で詳しく説明されている(『行政学』(有斐閣・2009)pp502-509)。

そもそもは、アメリカの政治学者マイケル・リプスキーが『行政サービスのディレンマ 〜ストリート・レベルの官僚制』(木鐸社・1986)で提起した用語である。

この理論がなぜ重要かというと、対住民サービスを行う現場職員(ケースワーカーやゴミ収集車の運転手、外回りの警察官など)の裁量が、実は非常に大きいことと、こういった最前線の職員の対応こそが、公共政策の実質的内容を決め、住民の幸福度を左右するということを論じているからだ。私は10数年、市役所という、まさに「行政サービスのジレンマ」の渦中で、その当事者として行き場の無い悔しさにさいなまれた。個別具体的な第一線の現場で苦しんでいるとき、これらの本と出逢い、定量と定性を行き来することによって私は救われた。私は、今何をすべきか整理でき、そしてそれが今のZABに繋がっているように思う。

 

私は、まさに“ベンチャー”という言葉が相応しい組織の、しかも立ち上げから関わる機会をいただいている。

まだ何者でもないZABは、仕事内容も組織のミッションも、日々試行錯誤しながら、皆で創り上げている。ZABは、社会のニーズを養分として蓄え、成長し、脱皮を繰り返す。まるで生き物のようだ(しかも、成長期真っ只中の!)。

立上げメンバーの1人として、私はZABの仕事を“打ち上げ花火”にしたくないと強く思ってきた。

ZABが貫くべき部分は、公務員の原点である「その人(そのまち)の困りごとに寄り添えているか」これに尽きると思う。公民連携を掲げ、どんな民間企業と組んでも、どんなNPO法人と組んでも、この幹は守っていきたい。

ZABは、空き家・空きスペース・廃校を始めとした「空き資源」という分野で、 これから益々、地域の課題と向き合う組織へと成長していくだろう。「空き家」を「空き家だけ」で捉えない。「福祉」を「福祉だけ」で捉えない。それが私たち職員に求められている。

というのも、行政がこれまで縦割りで解決を図ってきた結果が「今の現状」であるからだ。だからこそ、福祉や社会保障、企画や議会事務局といった多様な分野でまちづくりに携わってきた私たち職員が、その集大成として、今このZABでその知識と経験を発揮する必要があると考えている。

これは、行政がやりたいけどできないこと、住民が望んでいることを丁寧に聴く中で、整理されてきたことと一致する。「社会課題の解決」これが我々ZABの重要なミッションとなり、今まさにその具現化が始まっている。

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

一般社団法人全国空き家バンク推進機構(ZAB)

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