(第七回)「教育×空き家=人口増」[後編] 2018.12.31

「人口増」を掲げるのは、北秋田市だけではない。
全国どこもかしこも「人口ビション」策定の際、「人口増」を掲げた(1700自治体の目標値を全て足し合わせると日本の人口になるはずだが、どうも計算が合わない)。
地方創生を叫び、至る所で人口ビジョンと総合戦略を作った割には、多くの自治体では実態が追いついていないように思う。
それもそのはず、国立社会保障・人口問題研究所(以下「社人研」という。)は、「日本の人口は減少する」とはじいており、予測した未来がやってくるのはほぼ間違いのないことだからだ。社人研の推計値は、緻密な計算の上のものであり、まず外れることはないと言われている。実は戦後から始まっている日本の人口減少は、ただ社人研の読み通りに推移しているだけなのだ。

 

とはいえ、私は、自治体が「人口増」を目標として掲げることは決して悪いことだとは思わない(当然ながら、あり得ないような高い数値を掲げるのは論外だ。人口推計が実態と乖離しすぎては、政策そのものが的外れになり意味を持たなくなってしまう)。
「人口は減るんだから。地方は何やっても仕方ない」と、もっともらしく地方を切り捨てることは簡単だ。そしてそれは、我々自治体職員の存在意義を疑うことにほかならない。これは、私がZABとして民間企業の方々と話をする中で、何度となく浴びせられてきた言葉だし、数値的にはもっともな話だとも思う。だけれども、そこで生きることを決めた人がいる以上、我々自治体職員が同じ論理を展開していてはだめだ。“どうせ”人口は減るのだからと「何も手を打たず、諦める」いうのは、「誇りの空洞化」の助長に他ならないからだ。

 

「誇りの空洞化」とは、明治大学・小田切徳美教授の『農山村再生−「限界集落」問題を超えて−』(岩波ブックレット・2009)で学んだ言葉である。私はこの本を読んだとき、市役所で働く中で感じていた感覚が一気に定性化されるような強い感銘を受けた。
小田切氏は、「限界集落」というのは人々が3つの空洞化を起こしている結果なのだと説く。第一段階は人口急減(=「人の空洞化」)、次に訪れる集落機能の変化(=「むらの空洞化」)、そして、ある限界点を超えて最後に訪れるのが「誇りの空洞化」である。限界点を超えないために、我々国や自治体ができる外的な働きかけは、「この地域も見つめられている」という行政の「目配り機能」であると小田切氏は展開する(同p.4651)。この本が書かれて約10年経つが、その内容に古さは感じない。我々にできることは、その地域に、そこで暮らすことを決めた人々に「光を当てる」ことなのだと、当時私はこの本と出逢い自分の中にストンと落ちてきた。今も変わらない自分の幹である。そして、これこそが「地方創生」の原点だと、改めて感じている。

 

「空き家コラム」なのに、なぜ教育や人口ビジョンを語るのか。
もうお分かりのように、我々は、何も「空き家」だけを扱うわけではない。空き家・空きスペース・空き小学校(廃校)など「空き資源」全般に着目し、そのまちが抱える社会問題の解決のお手伝いをしたいと願っている。今回ご紹介した秋田県北秋田市の場合は、教育留学というコンテンツと空き資源を掛け合わせて、このまちの課題である「人口増」の先進事例を作るお手伝いをしたいとあの手この手の策を練っているところだ。

 

一月に一度、留学中の息子と会う度に、その成長に驚かされる。
“親バカ”と言われるかもしれないが、自分に自信を持ち、ただ、その先を見る彼の後ろ姿が頼もしい。
東京の、誰もいない部屋に帰宅したときのあの寂しさは、息子に戻ってきて欲しいと私に思わせる。普段はこんなこと言えないけれど、正直に言うとこんなことが何度もある。
そんなとき、北秋田市の副市長からの言葉が今の私を支えている。
「あなたの大切な“宝物”をこのまちに預けてくれた。私たちは全力で息子さんをサポートします」
私は、このまちで挑戦したいという息子の応援団長でいたい。そして、息子のように貴重な経験をこの地でできる全国の子どもたちのために、微力ながら力を尽くしたい。そう思いながら、今日も北秋田に続く空を見上げている。

 

2018年も今日が最後。ZABに出向してちょうど1年です。
来年も出逢いに感謝しながら、全国各地のワクワクを皆様にお届けしたいと思います。
それでは、穏やかな新年をお迎えくださいませ。

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

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