(第十一回)ZAB流ワークショップ [前編] 2019.1.28

「住み込みで働きます」
これ、実はZAB(全国空き家バンク推進機構)の人気メニューの1つ。
クライアントである自治体やその地域に暮らす住民のニーズに応えたいと、髪を振り乱して必死に動いていたら、自然とこうなっていった。
これを言うと、大抵の人は驚く。中でも、まちづくりのコンサルをしている同業者たちは、のけぞる。しかし、できるかどうかではなく、どうやったらできるかをとことん考え、出来ない理由を潰し本当にやってしまう。これが、私たちZABだ。
ZAB理事長の樋渡は、社会のためになると思ったことはとことんやる。武雄市長時代から噂では聞いていたが、部下になった今はそれを毎日痛感中。

 

私自身が地元の人間だったらこうしてほしい。そんな思いから始めた“住み込み”は、おかげさまで大好評。「まず、隗より始めよ」では無いけれど、今や私の働き方の“一つの型”になった。私のスケジュール帳は、向こう2ヶ月の予定がギッチリ埋まっている。

 

住み込み先・第一号の沖縄県今帰仁村(なきじんそん)で、昨年1117日(土)・18日(日)の2日間、小学校を核に12カ所・計4カ所で「ワークショップ」を開いた。今年度、私たちZABが受託した地方創生・移住定住促進事業の目玉の1つであるワークショップは、この村が2年半前に掲げた人口ビジョンの下、住民を巻き込んだ移住定住PR資料を作るためのプロセスとして非常に重要なステップなのだ。
これは後から分かったことだけれど、ワークショップという「場」を作ること自体が、実は、この村では初めてだった。さらに、これまでは住民と役場職員が同じテーブルに座って意見を出し合うということもやってこなかった。そんなことが、区長さんたちの所に何度も通い、話を聴く中で分かってきた。
つまり、この村にとって「ワークショップの開催」は前代未聞の大事件で、いかにハードルが高いことなのか、私は、ZABがこの仕事を請け負った後に知らされた。

 

3ヶ月前の820日(月)午後2時。初めて出席した区長会で、私が「ワークショップ」という言葉を発したときの、19人の区長さんたちの顔色、視線が忘れられない。あのときなぜそうだったのか、今は痛いほどよく分かる。
「“ワークショップ”をするので、“小学校に来て”ください。」
何にも知らないあのときの私は、NGワードを2つも連発していた。
急に現れた“内地(=本土)”の人間が、この村の過去と現在を知らずに、勝手に未来を語る。私が逆の立場だったら、ムッとするか、どうせ去る人だからと適当に聞き流していたかもしれない。

 

開催1ヶ月前、ZAB内外そして村役場の職員も巻き込んだチームができた。急いでコンセプトを決め、役割分担をした。責任者を務める私自身が手探りで、これがベストか確信を持てないままあっという間にワークショップ初日を迎えた。
“ワークショップ”は、村にとっても初めてならば、この村の仕事が最初の仕事である私たちZABにとっても、実は初めての経験だった。互いにワークショップの経験のない者同士が、お互い自信なさげに進めていく。ファシリテーターの指示やその意図が上手く伝わらず、各テーブルは戸惑いが隠せなかった。

 

1カ所目の出来は、35点。もちろん100点満点中だ。厳しいかも知れないが、私はそう感じた。
今夜そして明日、あと3カ所も残っている。さてどうするか。私の頭の中は急に忙しくなった。

 

1カ所目終了後すぐにスタッフ全員を集めた。その場で出し合った改善点を受け、私はすぐに村役場の職員も含めた全スタッフと課題を共有し、フォーメーションの変更を決断した。
すると、その直後に開かれた2カ所目の会場では、スタッフそれぞれが自分の役割を修正し足りない部分を補い合い、結果的に各テーブルが見違えるほど華やいだ。会場は参加者の笑顔や笑い声が溢れ、ファシリテーターはアドリブで冗談も飛ばすようになった。それから3回目、4回目と重ねる毎に、スタッフも手応えを感じ始めたのか声量も大きく聞き取りやすくなり、説明も動きも、失礼ながら役場職員の挨拶も上手くなっていった。
チームで仕事をするというのはこういうことなのかと、私自身このワークショップの開催を通じ、全身で体感した。(後編に続く)

 


手作りのワークショップ(@今帰仁小学校)

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

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