(第二十一回)新しい時代「令和」へ(昭和の「竜治君の死」と上野千鶴子名誉教授の祝辞) 2019.4.29

10日間連続の休みなんて本当?と心のどこかで疑いながらも、この超大型連休は、当たり前だけどカレンダーどおりに始まった。
今朝、私のパソコンも「REIWA⇒令和」と一発で変換できるようになり、着々と新しい時代に向けた準備が整っている(少し前まで「そんな言葉は知りません」と言わんばかりに一文字ずつ私に探させていたというのに、AIの学習能力の高さには本当に驚く)。

 

昭和から平成へと移ったときのことを、はっきりと覚えている。昭和天皇が私たち日本人にとってどういう存在なのか、幼い私は何も分かっていなかったけれど、しかし、テレビのどのチャンネルをひねっても昭和天皇崩御の一色のあの日、アナウンサーの声や服装、報じる内容からその深刻さと悲しみは伝わってきた。私の小2冬休み最後の日は、今でも“モノクロ”の思い出である。

 

当時の官房長官だった小渕元総理が「平成」と掲げたあの構図は、幼いながらに衝撃だった。大きな時代の節目に居合わせたことを感じさせる物々しさがあった。
それに比べ、今回、菅官房長官が掲げる「令和」は、衝撃というより国民の抱く期待の集大成であり、明るさと華やかさが漂っていた。そんな前回との比較で捉えても、この10連休は日本国中がなんだかお祝いムードである。

 

この大型連休を前に、厚生労働省は28人の子どもに対し保護者と引き離す措置を取ったと公表した。千葉県野田市で小学4年の栗原心愛(みあ)さんが死亡した事件を受け実施した児童虐待事案の緊急安全確認の結果であった。
心愛さんが死亡したのは、長期休みの後。長期休みというのは、ただ「楽しい」だけではなく、家庭によってはその休みを乗り切ること自体が困難であるケースも実は多い。

 

新聞史上最高のコラムニストと呼ばれる深代惇郎さん(「天声人語」を1973年2月から7511月まで執筆。急性骨髄性白血病に倒れ46歳でこの世を去る)が書いた「竜治君の死」(S49.4.10)を初めて読んだ日、私は大粒の涙が止まらなかった。
成績優秀だった竜治君が病弱な母親の横で寄り添うように亡くなっていた。そこには竜治君が書いた遺書があった。「みんなが親切にしてくれんかったせいや。」深代氏のコラムは「竜治君の遺書が、読む者を打ちのめすのだ」と結ぶ。

 

昭和から平成に替わり、竜治君の無念さ、悲しみ、社会のポケットのような溝に対し、追いつかない制度と連携と人の情熱。私たちは、その持てる力で世の中を少しでも変えることができたのだろうか。

 

今年の東京大学の入学式祝辞で上野千鶴子名誉教授が述べた言葉と、私は重なるのだ。
「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」

 

人は、生まれる家庭環境を選べない。勉強できる環境にあった人、技術を身につける環境にあった人は、そのプロセスで身につけた思考力や表現力を、世の中の力の弱い人たちのために使ってほしい。
昭和の竜治君の命、平成の心愛さんの命、そして上野千鶴子名誉教授の言葉、これは同じメッセージであるように私には感じる。

 

平成最後の「空き家コラム」。
私は、素朴な正義感と決して諦めない覚悟を胸に秘めながら、新しい「令和」もこの組織(ZAB)で自分にできることを精一杯取り組みたいと思う。

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

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