(第二十四回)私たちが「応援」すべきもの 2019.9.2

令和元年827日、三重県鳥羽市・鳥羽国際ホテルにて「第一回全国応援村実行委員会」が行われた。
この日、行政・民間・各界有識者等が全国からこの地に集結し、会場は人の熱気で溢れた。

 

この第一回実行委員会(以下「親委員会」と呼ぶ。)の目玉を3つ。
一つは、鈴木三重県知事・尾﨑高知県知事・長野別府市長・熊谷千葉市長・高島福岡市長を始めとした各界を代表とする実行委員の顔合わせ。そして、「くまモン」の生みの親である放送作家・小山薫堂さんの特別顧問就任。
二つ目は、応援村憲章の発表。「いつでも・どこでも・みんなで」をキーワードに高らかに宣言した。
そして三つ目に、応援村小型テントのお披露目。これが、私たちの応援村のアイコンになる。実物大を組み立て会議テーブルの横に展示した。

 

これまで、様々議論する中で、「応援村」は、来年夏のスポーツ大会に限ったことではなく、私たちの日常生活の中で、多様なパターンで生まれる「応援の場」だという原点の確認をする大事な会議となった。
それを象徴する応援村憲章「いつでも・どこでも・みんなで」。これは、私のふるさと別府市が掲げている市民憲章が心にあった。
別府市は、温泉湧出量世界第2位を誇る自然豊かな温泉のまち。私たちのまちには「温泉を大切にしましょう」「お客さまをあたたかく迎えましょう」と、とても素朴な、でも、私たちの身体の中に知らず知らずの内に染みついている大切な憲章がある。
応援村に必要なのは、何か難しい行政用語や法律用語ではなく、みんなが素朴に応援し合えるまさに「合い言葉」だと思った。

 

この第一回親委員会を開催した日の夜、佐賀県を中心とした九州北部が豪雨に見舞われた。川が氾濫し、日常の穏やかな光景が一瞬にして変わった。尊い命も失われ、皆が悲しみに覆われた。
翌朝このニュースが全国放送で流れる中、実行委員たちから寄せられたのは「今こそ、被災地を応援したい」その言葉だった。
決断は素早かった。被災地からの要請を受け、展示していた小型テントを現場に送ることを決定した。その決定が下されたと同時に、私たち応援村事務局は、日本中に帰っていった仲間と連絡を取り合いながら、急遽、役割分担を開始。当然シナリオにはない動きだったが、各自が自分の持ち場でその力を発揮した。見事な連携プレーだった。

 

手探りの中ではあるけれど、私たちは「応援 OUEN」の原点を常に抱きながら、新たな価値・この社会に必要とされる取組を進めていく。

 

*被災地での応援村小型テントの活用については、また別途報告します。
*第二回親委員会は10月高知市で開催します。詳細が決まりましたらお知らせします。

 


第一回全国応援村実行委員会(親委員会)の様子。熱気ムンムンです。
 
 

シナリオを棒読みする会議はしません。皆さん全てアドリブで、会場は笑いが溢れました。
 
 

応援村小型テント。この後、急遽、豪雨被災地へ届けられることに。

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

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