(第二十七回)第三回全国応援村実行委員会(@別府) 2020.2.3

息子にジャケットを買った。これは、私自身の反省からだ。
昨年10月に高知市で開催した応援村実行委員会。「ちゃんとした服」を着てくるはずの息子は、ジーパンとくたびれたTシャツで登場した。会場入り直前の私は青ざめ、ホテルのスタッフが驚くほど私の声はロビーに響き渡っていた。
しかしよく考えたら「ちゃんとした服を着なさいね」では、一体何を着たらよいか分からないのが小学6年生。仕事に忙殺されていた私は、息子に“あうんの呼吸”を求めすぎていたと後から反省した。

 

ZAB(全国空き家バンク推進機構)は、理事会を含めた会議全てに子連れを許してもらっている。
仕事は「結果を出せばよい」。これは、理事長である樋渡啓祐のモットー。結果が出せるなら子ども同伴もOKという恵まれた環境で、私は事務局として思いっきり仕事をさせてもらっている。
「良い結果には、良いプロセスがある。」樋渡が、私たちにいつも言う言葉だ。まさに、子どもの心配をしていては仕事にも精が入らない。夜子どもを一人で留守番させ、自分は職場で仕事を続けるなんて気が気でない。今頃お腹空かせているんじゃないかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。ましてや出張先で宿泊なんて、とてもじゃないけどできない。
しかし、今回は別。令和2120日(月)、私の故郷である大分県別府市で「第三回全国応援村実行委員会」を開催することになったのだ。事務局は、前後含めて現地に詰めねばならない。思い切って私は、この出張に息子を連れて行くことにした。
残る問題は、息子の小学校だ。普段厳しい顔つきの先生から「学校ではできない経験です。どうか、お母さんの出張に連れて行ってあげてください。本人のためです」と、私の心配をよそにあっけないくらい簡単に話は終わった。私だけでなく息子も、理解ある大人に囲まれ支えられ生きていることがありがたかった。

 

8月に三重県、10月に高知県、そして第3回目は大分県別府市。私の大切な故郷に、鈴木三重県知事をはじめ実行委員の皆様が全国からお越しくださること、それ自体が嬉しかった。
とはいえ、失敗は絶対に許されない。私は、これまでにないほどの気合いが入っていた。
特別顧問の小山薫堂さんとの直前打合せを終え会場に着くと、別府市役所のときにお世話になった方々が続々と集まってくれていることに気付いた。国保・福祉・企画・議会それぞれのセクションで出逢った方々が、別府市内そして近隣市町村から駆けつけてくださっていた。私の中で張り詰めていた緊張が一気に緩んだ。

 

実行委員のマイクリレーで全てがテンポ良く進んでいった。「応援村大使」に就任した「くまモン」のマイク係は想像以上で、機敏な動きに加え、周囲の反応に合わせて歩き方や仕草を変えるという高度なテクニックも持ち合わせていた。委員が手を挙げるとくまモンが走ってマイクを手渡し、着座。なんとも愛らしく、コミカルな様子に、向かい側の委員が写真を取るという簡易フォトセッションの時間にもなった。
ギリギリまで修正を続けた司会のセリフ。そして、明け方まで続いた配付資料の修正チェック。途中、配布しておくべきアンケートが配布されていないなどアクシデントはあったものの、シナリオのない1時間はあっという間に過ぎていった。嵐のように、そして笑い声と笑顔で会場は満ち溢れた。

 

「応援村 OUEN-MURA」の原型が私たちの会話に上がり始めたのは、ちょうど1年前の14日。応援村発起人である樋渡が、全国の自治体首長や民間企業の方々から持ち込まれた相談に呼応したことから始まった。
今や参画自治体は600を超え、海外まで広がっている。この取組を子どもたちや高齢の方々、障がいを持つ方々、様々な地域で一生懸命生きる皆様のお一人お一人の身近なものとして活用していただきたい。その思いだけで、一歩一歩進んでいる。
私にできる恩返しは仕事しかない。仕事を通じて、皆様の地域や関係する方々のお役に立てることができたら本望だ。

 

今日、息子は12歳の誕生日を迎えた。もう少しだけ息子には迷惑を掛けるけど、こんな不器用な生き方をする母親を許して欲しい。
息子のジャケットは、いつの間にか私と同じサイズになっていることに気付きなんだか胸が熱くなった。

 


マイク係のくまモン(応援村大使)大活躍

  

第三回全国応援村実行委員会(@別府市APU

いけ

いけ 別府生まれ・別府育ち。趣味は海鑑賞・ヨガ・寝ること。

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