困難でも、自分が好きな道を歩む 高田智子さん|農業

困難でも、自分が好きな道を歩む

ー高田さんのお生まれは、この近く(運天区)ですか?

私はこの土地の生まれではないんです。乙羽(おっぱ)トンネルの近くで生まれました。
主人は東京の出身でね、35年ほど前に「沖縄で農業をしたい」と来たの。
当時は、渡喜仁(ときじん)に馬で引いてる鋤があってね、「こういうのが残っている地域が素晴らしい」と言ってね。
「手つかずの自然が素晴らしい」とも言ってた。
主人は、在来の豚、在来の馬、在来の山羊、在来の犬、つまり「種の保存」に携わっている人だったの。

ーお子様が今帰仁村に戻ってきて、今は一緒に暮らしていると伺いました。

子どもが2人いてね。 長男はサラリーマンをしていたけど、「子育ては、自分が育った環境でしたい」そう言って戻ってきたの。 私は「継がなくていい」と言ったけど、本人がその道を選んだ。 今は、孫が3人いるのよ。 長男だけじゃないの。 次男は、5年間留学と大学院を経て、「兄と父親と農業をしたい」と戻ってきた。中学から鹿児島の中学に通うって家を出たのにね。 やっぱり、父親の背中をみて育ったのね。 子どもたちには「困難でも好きな道を選びなさい」そう言って育ててきたの。 「好きな道で自立して欲しい」と常々言ってきた。 農業は、自然との闘いでしょ。大変よ。でも、どうにか頑張ってるわ。

ーお子様たちが戻ってくるほど、ここは「子育てをしやすい」環境なのですか?

息子が「この村で(この環境で)、子どもを育てたい」と言ったとき、正直、私は親として、地域の先輩として、とても嬉しく思ったの。

自然が残っているから「こういう環境で子どもを育てたい」というのはもちろんあるだろうけど、それだけじゃなく「人的な環境」もあるんじゃないかな。
私たちの頃は、夫婦単位で子育てに関わるのが当たり前だった。子どもたちは、大切な宝。みんなで見守ろうという意識ね。それを息子たちも敏感に感じ取っていたんでしょうね。
「公民館が大好き」って言うものね。まさに、集うところだもの。
息子たちからすると「地域の人たちみんなが育ててくれた」という感じなんだと思う。今でも息子たちは「あのおじちゃんが大好き」「あのおじちゃんによくしてもらった」って言うものね。

「開発」とか「発展」とか言うけれど、私は個人的には、手つかずのままの自然というのは大切にしたいと思うの。例えば、「植栽」ね。その地にあるものを、あるがままの状態で保つ。
豊かさを求め、人は自然に手を加えるけれど、その弊害は必ずある。護岸工事をすると、潮の流れが変わり、侵食する。自然に逆らっていると思うのね。極力自然を残してもらいたい。護岸に絵を描くことは止めて欲しい。
この村の良さを、子や孫に引き継いでいきたいね。

ー小さな集落では、よそ者を排除するようなことも聞きますが、運天地区に引っ越したときはそのようなことは感じなかったですか?

村内のアパートから運天に引っ越そうと思ったとき、私たち夫婦に「あそこは頑固者が多いから止めなさい」と言う人たちも、確かにいたわね。
でもね、「頑固者」というのは、「こだわり」を持っていること、「誇り」を持っていることに言い換えることもできるって気付いたの。逆に、「頑固者」と言われているこの人たちに理解してもらえると、ものすごく大きな味方になってくれるのよ。
モノは考えようね。

高田区長と初めてお会いしたとき、凜とした空気が流れている人だと私は感じた。男性と女性の役割分担が色濃く残るこの村で、女性が区長として集落を取りまとめるというのはいかほどかと思った。
でも、彼女の生き方、子育ての哲学を聴いたとき、私は、この一本の筋が彼女を揺るぎない存在として輝かせているのだと思った。そして彼女のとびきりの笑顔は、「もっと話を聴きたい。」聞き手をそんな気持ちにさせる。

interviewer:IKEGAMI




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